大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成4年(ワ)7170号 判決 1993年12月17日

原告

大喜田幸生

甲事件被告

直川秀樹

乙事件被告

木下寿紀

主文

一  甲事件被告は、甲事件原告に対して、金七一五万七〇〇二円及び内金六五五万七〇〇二円に対する昭和六一年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件原告の甲事件被告に対するその余の請求及び乙事件原告の乙事件被告に対する請求をいずれも棄却する。

三  甲事件の訴訟費用はこれを二分し、その一を甲事件原告、その余を甲事件被告の負担とし、乙事件の訴訟費用は、乙事件原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(甲事件)

甲事件被告は、甲事件原告に対し、金二九二二万二五二四円及び内金二七七二万二五二四円に対する昭和六一年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(乙事件)

乙事件被告は、乙事件原告に対し、金一五八七万七〇七四円及び内金一四八二万七〇七四円に対する昭和六一年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

甲事件は、自動二輪車と接触事故を起こして負傷した原動機付自転車の運転者が、自動二輪車の運転者に対して、自賠法三条によつて、損害賠償を請求した事案である。

乙事件は、甲事件の被害者が、右記事故の際、身体が滑走して違法駐車車両に衝突し、傷害が拡大したとして、駐車車両の保有者に対して、自賠法三条に基づいて、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実ないし証拠上容易に認められる事実

1  本件事故

両事件原告(原告)は、昭和六一年一二月二八日午後五時三〇分頃、大阪市南区島之内二丁目一四番地二四号先路上において、原動機付自転車(大阪市東い八七三一)(原告車両)を運転して、走行していたところ、後方から、甲事件被告(被告直川)運転の自動二輪車(なにわい二七二二)(被告直川車両)が、それを追い越そうとして、接触し、原告車両が転倒し(本件第一事故)、原告は、乙事件被告(被告木下)が駐車禁止区域に駐車していた普通乗用自動車(なにわ五五み二三五一)(被告木下車両)の左後部に足を突つ込んで衝突した(本件第二事故)。(甲事件においては、本件第一事故については当事者に争いがない。本件第二事故については、甲二、甲六、原告本人尋問の結果による。乙事件においては、全体について、甲一ないし九、原告本人尋問の結果、被告直川本人尋問の結果による。)

2  原告の傷害

原告は、本件事故によつて、右大腿骨骨幹部骨折、右踵骨骨折、右距舟関節脱臼骨折、右腓骨神経麻痺の傷害を受けた(甲一〇の一、原告本人尋問の結果)。

3  既払い

原告は、本件事故に対する賠償として、被告直川加入の自賠責保険から三一六万円、被告直川から五一八万六七〇三円の支払を受けた(甲事件においては、当事者に争いがない。乙事件においては、甲一三、乙一ないし一〇、弁論の全趣旨による。)。

二  争点

1  損害一般

2  被告直川の過失相殺

(一) 被告直川の主張

原告車両が先行し、被告直川車両がその五メートル後ろを走行していたが、本件第一事故現場に差しかかつた時、被告直川車両が、原告の右側を走行して原告車両を追い越そうとしたところ、原告車両の左前を走行していたタクシーが、急に右によつてきたので、原告が、それとの接触を避けるため、後方の確認をしないで原告車両を右側に寄せたことも、本件事故の原因となつているものであるから、相当な過失相殺がなされるべきである。

(二) 原告の主張

争う。

3  被告木下の責任

(一) 原告の主張

被告木下は、被告木下車両を駐車禁止場所かつ交差点の側端ないしは曲がり角から五メートル以内にある場所であつて、道路交通法によつて駐車禁止が法定されている場所に違法に駐車して、原告の損害を発生拡大したものである。ところで、交差点付近が法定の駐車禁止場所とされているのは、交通の円滑を図ることのみならず、違法駐車が、事故の発生を誘発助長させる他、一旦事故が発生した場合には、駐車そのことが二次的、副次的事故の発生を誘発助長させて、その損害を発生させ、あるいは、これを拡大する原因となることが多いから、このような危険を除去して交通の安全を図ることも目的としているものである。したがつて、本件事故のように損害の発生・拡大に寄与したような場合も、被告木下車両の運行が原因で事故による損害発生があつたというべきであるから、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告木下の主張

本件事故は、原告の過失と被告直川の過失が競合したないし、いずれか一方の過失によつて接触したことによつて引き起こされたものである。

自賠法三条の責任を問うためには、事故が、運行と相当因果関係があるものであることが必要であるところ、駐車車両に他車両が衝突する場合や、駐車車両を避けて他車両と衝突した場合さらには、駐車車両が視野妨害で事故を発生させた場合等駐車車両それ自体が事故の発生と相当因果関係ある場合はともかく、被告木下の駐車車両のように事故の発生に何ら係わつていない場合には、運行によつて事故が発生したとはいえず、したがつて、当該駐車車両保有者に運行供用者責任を問うことはできない。

4  被告木下の時効

(一) 被告木下の主張

本件事故発生日は昭和六一年一二月二八日であり、原告はその時点で損害の発生及び加害者を知つたものであつて、後遺障害部分についても、受傷からの合理的治療期間約一年、長くても二年経過の時点で十分予測し得ていたのであるところ、それらから三年間以内に被告木下に対し、所定の損害賠償請求権を行使しなかつたものであつて、本訴の提起も、平成五年一月二八日に至つてからであるから、仮に被告木下に賠償責任があつたとしても、被告木下は、消滅時効を援用する。

(二) 原告の主張

少なくとも後遺障害部分については、消滅時効の起算点は、症状固定時である平成二年一月三一日と解すべきであるから、本訴の提起によつて、時効は中断している。

第二争点に対する判断

一  損害

1  治療費 五一八万六七〇三円(原告主張同額)

甲一〇の一ないし六、甲一一の一ないし六、原告本人尋問の結果によると、原告は、辻野外科病院において、昭和六一年一二月二八日から同月二九日まで、淀川キリスト教病院において、同月二九日から翌六二年四月一七日まで、同年七月一四日から翌六三年一〇月七日まで、翌平成元年五月二七日から同年六月一〇日までの各期間合計五七八日間入院し、その間昭和六三年四月一八日から平成二年一月三一日まで、同病院に通院し(実通院日数二〇二日)、治療費を右のとおり支払つたと認めることができ、治療期間が長引いたのは、骨が黴菌感染したためであることによるから、右治療費は、本件事故による損害と認められる。

2  就労が遅れたことによる逸失利益 二八〇万一二〇〇円(原告主張五六〇万二四〇〇円)

原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故当時二〇歳の健康な男子で、近畿大学の一回生であつたところ、本件事故によつて二回生の授業に通えなかつたため、卒業及び就職が平成二年から一年間遅れたことが認められるところ、裁判所に顕著な、原告の卒業予定であつた、産業計、企業規模計賃金センサス平成二年大卒男子二〇歳から二四歳までの平均年収を勘案すると、その年収は少なくとも、原告主張の二八〇万一二〇〇円であつたことが認められるから、右のとおりとなる。

3  入院雑費 七五万一四〇〇円(原告主張同額)

前記のとおり、原告は、本件事故による傷害によつて、五七八日間入院したものであつて、一日当たりの雑費は一三〇〇円とするのが相当であるので、原告の右のとおりとなる。

4  交通費 六万四六四〇円(原告主張同額)

前記のとおり、原告は、本件事故による傷害によつて、二〇二日通院したものであつて、原告本人尋問の結果によると、通院のためのバス代として、一日当たりの往復三二〇円を支払つたことが認められるから、右のとおりとなる。

5  付添看護料 二四万五〇〇〇円(原告主張同額)

甲一〇の一、原告本人尋問の結果によると、原告は、昭和六二年一月六日から同年三月一六日までの期間、足をギプスで固定していたことが認められるので、少なくとも、原告主張の七〇日間付添看護を要したと認められ、一日あたりの看護料とすると、三五〇〇円が相当であるから、右のとおりとなる。

6  入通院慰藉料 三〇〇万円(原告主張三五〇万円)

前記認定の傷害、入通院経過等、特に当初の入院時は、観血的骨接合術を施行するなど、重篤であつたこと等からすると、右金額をもつて相当と認める。

7  後遺障害慰藉料 二六九万円(原告主張同額)

甲一二、一五、原告本人尋問の結果によると、原告は、平成二年一月三一日まで治療を続け、下肢の醜状(右大腿部に約三〇センチメートルの手術創瘢痕、右足部に一〇センチメートルの瘢痕)、長菅骨の変形癒合(右大腿骨骨髄炎の変化、硬化像)、膝の運動機能障害(右屈曲の他動一三〇度、自動一二〇度、左屈曲の他動一四〇度、自動一四〇度、伸展はいずれも〇度)、足関節の運動障害(右底屈の他動四〇度、自動四〇度、左の他動四五度、自動四五度、右背屈の他動一〇度、自動五度、左背屈の他動二五度、自動二〇度)の障害が残り、その後も、右大腿骨慢性骨髄炎後と慢性肝炎について投薬、経過観察が必要とされており、平成五年七月二三日時点で年二回の採血を含めた検診が必要であるとされているものであるから、右金額が相当である。

8  後遺障害逸失利益 一〇一〇万〇五六六円(原告主張一二八四万二三八一円)

前記認定の後遺障害の程度に、原告本人尋問の結果によつて認められる原告は、トラツク、タクシーの業界紙を発行する株式会社交通新報社に就職し、取材と原稿書きと営業を担当したが、一般の企業に就職しなかつたのは、骨髄炎の再発を恐れてのことであること、就職当初の給料は一〇万円であつたこと、その後同社の代表取締役となり、同様の仕事に従事したが、身体に無理がきかず、会社の業務拡大もままならず、収入は二〇万円程度であること、正座することや和式トイレの利用もできず、膝がふらついたり、足首が痛くなるので、一〇キログラム程度の荷物を運ぶこともできないこと、走ることはできず、足首の動きが悪く蹴上げができないこと等を合わせ考えると、原告は、本件事故による後遺障害によつて、三〇年間二〇パーセント労働能力が喪失したと認めるのが相当である。そして、前記認定のとおり、年収二八〇万一二〇〇円と認めるべきであるから、新ホフマン係数によつて中間利息を控除すると、以下の計算のとおりとなる。

二八〇万一二〇〇円×一八・〇二九×〇・二(円未満切り下げ)

9  損害合計 二四八三万九五〇九円

二  被告直川の過失相殺

1  本件事故態様

甲二から九、原告及び被告直川各本人尋問の結果によると、以下の事実が認められる。

本件事故現場付近の道路は、市街地にあり、南北に走る直線路と、東西に走る直線路の交わる、信号機によつて規制されている交差点であつて、事故時には、信号機は作動しており、交通量は頻繁であつた。道路は、アスフアルト舗装されており、平坦であつて、路面は乾燥しており、南北方向の制限速度は四〇キロメートルに規制されており、北行き一方通行であつて、駐車禁止とされていた。なお、本件道路付近の概況は、別紙一、二記載のとおりである。本件事故当時は、やや暗くなつており、安全走行するには、ライトの点灯が必要であつた。

本件事故当時、別紙二図面の左から第一車線及び第二車線には、客待ちのタクシーが二重に駐車していた。

原告は、原告車両を運転して、本件交差点南北方向を北行きに時速約五〇キロメートルで走行してきて、別紙図面二<ア>、<イ>付近に差し掛かつた。すると、第二車線でかつ同図面<イ>の真西付近に駐車していたタクシーが、右ウインカーを点滅させて、右折するため、原告車両の前をやや遮るように右に進路変更をしてきて、同図面付近で、原告車両に進路を譲るため、徐行してきたので、原告は、そのまま直進したら追突するので、それを追い抜いて、前に出ようとして、後方の確認もせず、右ウインカーの点灯もせずに、同一車線内の少し右に進路変更したところ、同図面<ウ>付近で、右斜め後ろから、被告直川車両に追突された。

被告直川は、本件道路付近を北行きに、進行していたところ、前方に、原告車両が走行していたので、その約一メートル横を追い越そうと考え、時速約七〇から約八〇キロメートルに加速しながら走行し、別紙図面二<1>、<2>付近に差し掛かつたところ、右によつてきたタクシーには気付いていたものの、原告車両が右によることまでは、考えが及ばず、減速、進路変更はせずに、そのまま進行したところ、同図面<3>付近で、右によつてきた原告車両と衝突した。なお、被告直川は、本件事故当時、免許を取り消されていた。

原告車両は、右衝突によつて、転倒、滑走し、原告は、別紙図面一に駐車禁止に違反して駐車していた被告木下車両の左後部の下に足を突つ込む形で転倒し、それによつて、前記傷害を負つた。

2  当裁判所の判断

前記認定の事故態様からすると、原告にも、後方確認不十分及び方向指示機を出さなかつた過失があるので、相応の過失相殺をすべきところ、被告直川車両は、同一車線内で、原告車両と約一メートル横を時速約八〇キロメートルという高速ですり抜けようとしたものであること、被告直川も、右に寄るタクシーの存在に気付いていたことからすると、本件事故の主たる原因は、被告直川の過失によるものというべきであつて、原告の進路変更の程度が同一車線内であるということも考慮すると、原告の過失の割合は、四割をもつて相当と認める。

3  過失相殺後の損害額 一四九〇万三七〇五円

三  被告木下の責任

前記認定の事実からすると、被告木下が、本件事故当時、前記認定の場所に車両を駐車していたことは、車両の運行にあたるものである。

ただ、被告木下車両が、本件事故付近に駐車していたことは、第一事故にはまつたく影響を与えておらず、第二事故によつて、原告の傷害の発生ないし拡大に何らかの影響を与えたものにすぎず、このような場合に、自賠法三条の「運行によつて」に該当するかが問題となる。

この点、原告は、道路交通法が交差点付近における駐車を禁止しているのは、二次的事故を防ぎ、損害の拡大を防ぐことも目的としているとした上で、損害の発生・拡大に寄与した場合にも、「運行によつて」に該当する旨主張するものであるが、「運行によつて」というためには、運行と死亡ないし傷害に相当因果関係があることが必要とされるところ、一般道での違法駐車は運行に当たるとはいえ、静止しているので、一般的には走行中の車両に比して危険度が低いこと、第一次的な原因である第一次事故に影響を与えていない場合は、事実的因果関係はあるとしても関連性は薄いことからすると、一次的な事故の発生に寄与していない場合には、違法駐車車両の駐車形態が一般の違法駐車車両に比べ著しく危険である等の特段の事情がある場合はさておき、原則的には、相当因果関係はないと解すべきである。そこで、被告木下の駐車形態を見ると、確かに本件交差点の北側横断歩道の約〇・九メートル北に最後尾があり、交差点に極めて近いという問題はあるものの、道路の端に寄せて、道路側面と並行に駐車しているものであるから、一般の違法駐車車両に比べ著しく危険とはいえないものである。したがつて、原告の傷害の発生は、被告木下車両の運行によるものとはいえないものであつて、被告木下には、自賠法三条の責任はない。

四  既払い額

前記認定のとおり、原告は、損害の填補として、合計八三四万六七〇三円の支払をうけたから、被告直川について、控除後の損害は、六五五万七〇〇二円となる。

五  弁護士費用 六〇万円

本判決での認容額、本件訴訟の経緯等に照らすと、本件事故に基づく弁護士費用としては、右金額をもつて相当と認める。

六  結論

以上より、原告の請求は、被告直川に対し、金七一五万七〇〇二円及び内金六五五万七〇〇二円に対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 水野有子)

図面(一)

<省略>

図面(二)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例